保水・親水・活水 3

せっかく、身近かなところに水が流れていても、川にそって歩く道がなかったり、水に近づけないような岸のかたちになっていたのでは水に親しむ機会が失われることになります。


橋のデザインやとりつけ方、河川改修のしかたなどの工夫ひとつで、川が生きたり死んだりする。


〈活水〉というのは、水面や水辺をもっと積極的に生かそうという提唱だ。


水上バスを走らせたり、水上レストラン、水上公園、リバーシアターなどアイディアはいっぱい考えられます。


要するに活用しようという立場に立つかどうかで変わるものでしょう。

保水・親水・活水 2

目標に向かって、下水道整備、開発容量や開発の手順の設定、廃棄物処理やエネルギー・資源対策から市民生活の見直しまでまちづくりに関わる施策を体系化する発想です。


〈親水〉とは、水に近づきやすくする、水にふれられるようにする、という意味だ。


水辺の草、花や水際の風景に配慮することで、親水空間を広げることが大切だと思います。


水を身近かに感じられてはじめて、水を大切にする、水を美しくする、という市民意識も培われるものだろう。

保水・親水・活水 1

『大阪原風景』では大阪のまちづくりの中に〈保水〉〈親水〉〈活水〉という三つのテーマをかかげることで、水に親しみ、水と共存する都市の条件がそなわるとアピールしています。


〈保水〉はいうまでもなく、清らかな流れをとりもどすことです。


京都の都心を流れる白川は、かつてゴミ溜めのように汚れた川であったが、一住民の発意ではじまった「白川を美しくする会」の運動で、10年くらいで見事清流を回復し、今では水泳場まです。


水都と自称する都市では、川の水質浄化を、行政、市民が共通にもつまちづくりの到達目標として掲げてはどうでしょうか。

色んな人がいますね(´ω`) 5

ポーランにはあれ以来、会っていません。


あれは一体夢だったんだろうか、と時々、プロヴァンスの3日間を回想します。


あの旅の後、間もなく、私たちは長年住み着いたパリを離れ、アメリカへ越しました。


ポーランのムタルディエは無事大西洋を横断し、我が家の食器戸棚の「大事な物コーナー」に落ち着きました。


螺釦のスプーンをあれからずっと気にかけて探しているが、なかなかこれといったものがなく、今だにそれは匙なしのままです。

色んな人がいますね(´ω`) 4

扉を開け、奥を覗き込んでいた彼女は、やがてそこから小さなガラスの入れ物を取り出し、再び部屋のこちら側まで無言で戻ってきて私の手にそれをそっと押しつけました。


「あなたも古い物が好きみたいだから、よかったらこれアメリカの新しいおうちに持っていってくださらない?」それはポーランが祖母から譲り受けたという蓋付きの小さなムタルディエ(芥子入れ)でした。


「そんな大切な家族の物を」と私が恐縮すると、


「髪がグレイになってからは物を整理していく方向に向いたっていったでしょ。同じ整理するのならやっぱり物が好きな人にもらってもらいたいと思うのよ。これ、最初についてたはずのお匙がなくなっちゃったんだけど、そうね、螺釦の小さなスプーソなんかが合うかしら。アンティーク屋さんでいいのが見つかるといいけど。新しい土地での幸運をお祈りするわ、頑張って」


と微笑み、そのか細い腕で私をぎゅっと、思い切り抱き締めました。

色んな人がいますね(´ω`) 3

ニューヨーク在住時代には夫君の仕事柄、大使館関係を中心としたパーティに出席する機会が多かったそうで「これでもエレガントな国連マダムだったのよ」と、当時の思い出を楽しそうに語るポーラン。


詩人のくせに「エレガントな国連マダム」などという、少々俗っぽい表現がひょいと口をついて出るその感じが、聞いていて実に楽しい。


言葉を紡ぐという創造の仕事と、買物好きと、ソワレのイヴニングそういう一見ちぐはぐな要素のコソビネーショソが、ポーランの美意識のあるがままの姿なのです。


別れ際、夫たちは車の方で何やら話し込んでいて私たち女二人だけが室内にいました。


ふと、何かを思いついたような表情でポーランはつっと立ち上がり、無言で食器戸棚のあるところまで歩いていきました。

色んな人がいますね(´ω`) 2

集めた物の中には、シェーカーの家具やオブジェがあり、フランスやイギリスのアンティークがあり、北欧の陶器があり、李朝箪笥や水墨画がありました。


引っ越しのたびにこうした「物たち」を一つ残らず荷物に入れ、国から国へと運びました。


「もちろん引っ越し屋さんがそういうことは全部やってくれて、そのおかげでこれまでお皿一枚割れることもなかったのだけれど・・・」たとえこの町には数年しか住まない、と最初からわかっていても、それは決して「仮住まいではない」、なぜならコ日一日が大切な瞬間で、そうした瞬間の積み重ねが結局人生なのだから」という信念のもと、「大きなかたつむり」のように家財道具の一切を運び続ける人生だったのだといいます。


ところで出身地の異なるこれらの物たちが、キッチュに陥ることなく趣味のよい統一感の中に収まってみえるのはポーラン本人の趣味が揺るぎない一つの美意識をベースにしているからでしょう。


そしてその美意識が彼女の書く物や話す言葉にも同じように行き渡っているからこそ、たった三日間時間を共にしただけなのにもかかわらず、私の中にひとかたまりの強い印象を植えつけたのでしょう。

色んな人がいますね(´ω`) 1

こんな言葉を聞きました。


「髪がグレイがかってきた頃を境に、それまでの"買いたい""所有したい"という気持ちが薄れ、逆に"少しずつ身軽になっていきたい"という思いが頭をもたげてきたの」と彼女はいうが、確かに彼女の家にはそれまでに買い集めてきたらしいたくさんの「物」がありました。


世界中のいろいろな土地に住むたびに、そこの土地固有の美しい物を所有したいと思い、それは家具だったり食器だったりアンティークだったり絵画や彫刻だったりしたが、そういう物たちをその都度、財政が許す限り手に入れてきた、といいます。エグゼクティブトレードによると、「そんな高いものばかりじゃないのよ。ガラクタみたいなものもたくさんあるんだけど、ともかく自分が欲しいと思って買った物には等しく感情の移入があって、どれもが私にとっては特別な物なのね」

ご存知ですか? その8

・アレルギー(化学的活性物質の遊離)

もちろん、局所の組織が重要な器官であったり、その反応が強過ぎると、そのためにいろいろのアレルギー疾患が発生するのです。

また、局所性の反応であっても、臓器移植(皮膚、腎臓あるいは心臓などの病気の場合、他の人の健全なこれら臓器を移植する)などの場合は、いわゆる拒絶反応といって、移植された臓器(抗原)を分解廃絶しようとするので、やっかいな問題となっています。

また、抗原が局所にとどまらない場合、たとえば可溶性の抗原を局所に注射した場合などでは、局所にとどまらないで抗原が全身にまわり、ほうぼうの抗体をもった細胞と反応して、ヒスタミンその他の物質を遊離し、全身性のアレルギー反応を起こすということになります。

半分駆け落ち

小話。

「刺青時代」に知り合い、半分駆け落ちのようにして若くして結婚した相手とは、結局性格が合わずに離婚。


雑誌社の給料だけで子供三人を養っていかなけれぽならない現実に突如、直面した。


今さら実家には頼りたくない、いや、あんなふうにして逃げ出してきた実家には、もう頼れない。


狭く、散らかったアパートの部屋は息苦しく、窓から外を眺めても、そこにはざわついた庶民街と、どんより曇った陰気な空が見えるだけ。


誰にも会いたくない。


けれど仕事を休むわけにはいかないし、子供たちも学校へ連れていかなけれぽいけない・・・。


恐らくは離婚のショックが直接の引き金となり、欝状態に陥って自暴自棄の日々を送っていたそんなある夜のこと。


例によってなかなか寝付かれなかったジュリアは、毛布をはねのけ、「まるで夢遊病患者のように」裸足で部屋を歩きまわった。


何の脈絡もなく、箪笥の引き出しを開けたり、戸棚の奥を覗いたりするうち、ふと手にしたのは上の娘が学校で使ったらしいパステルのセットだった。


そこいらへんに散らばっていた紙に、仕事の時の絵コンテの要領でパステルを走らせた。


黄色、オレンジ、若草色、ピンク・・・。


きれいな色ばかりを使って、自分でも驚くほど「きれいで明るい」色彩のいたずら描きを何枚も何枚もデスクトップ仮想化しているうちに夜も白み、気持ちが久しぶりに晴れやかになっていることに気がついた。


「そうだ、絵を描いてみよう」やけ食いならぬ「やけ描き」。


そんなふうに偶然、手にした絵筆が、だが結局は救いとなった。